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研究法から生き方まで アーカイブ

0001-01-01

私は企業につとめていますが,研究者のひとりです. このカテゴリーには私の研究のやりかたから仕事観つまりはハッカー倫理 (「趣味 (あそび) と仕事の一致」,「Hob ─ 仕事と趣味の融合」 参照),生き方までに関する話題をあつめています. 会社の秘密にかかわるような特定の研究に関するものはありませんので,あしからず. しかし,もしかすると人材獲得にはやくにたつかもしれません :-) 上位のカテゴリーはカナダからのブログです.

なお,このページは 研究法から生き方まで アーカイブ のページの先頭に表示されるように,意図的に投稿日時を 0001-01-01 00:00:00 としてあります (実際の投稿日時は 2007-11-03 19:36 です).

2006-10-21

ソフトウェア研究者の私がどうやってインターネットで論文を検索し,入手しているかということを書いてみたいとおもいます. 検索するとき,おもなソースはつぎの 3 つです.

つづく…

2006-10-24

最近は,論文にアクセスするのに図書室にいくことは,めったになくなりました. 「論文の検索と入手」 にも書いたように,ほとんどの論文はインターネットから入手しています. しかし論文や標準化ドキュメントを読むときは,いつでもすぐにマーキング できるように,かならずマーキング・ペンを用意して読んでいます. ということは,いつも印刷してから読んでいるということです. たいていの論文は PDF 形式になっています. PDF のままでもマーキングができないことはないのですがやりにくいのです. なのでかならず印刷して読んでいます.

つづく…

私はつねに趣味と仕事とを一致させようとしてきました. 仕事が趣味からはなれてしまったときは,趣味を仕事にちかづけるように努力してきました. また,逆に仕事が一段落したときには,仕事を自分の興味 (趣味) にちかづけるように努力してきました. それは,ある意味では 「公私混同」 的なやりかたであり,以前はあまりひとにいえるようなことではなかったのですが,最近はややおおげさないいかたをすれば 「私の時代がきた」 と感じています.

つづく…

2006-10-25

ここでは,私が必要にせまられて速読するようになってきたということについて書きます. といっても,速読について書いている本や文章はやまほどあって,それにつけくわえることはあまりありません. また私自身は速読法をならったり,それに関する本を読んで,それにならっているというわけではありません. 読みたい本が山ほどあるので,必要にせまられて,自分で速読をこころみているようなわけです. それから,「論文コピーとりまくり」 に書いたように,論文のコピーもやまほどあって,これもできるだけはやく読む必要がありました.

つづく…

2007-04-18

会社で予算がつかない研究を (すくなくとも私の会社では) under-the-table でやるのがよいとかんがえられてきました. しかし,いまやそういう時代ではなくなった,open-air のほうがよいのではないかという主張です.

つづく…

2007-05-04

Under-the-table から open-air へ」という項目でのべた研究開発方法論の実践の第 1 歩として,DASYN.COM というサイトをたちあげた. ビジネス指向のデザインになっているが,すくなくとも現在のところはビジネスのみとおしはたっていない.

つづく…

2007-05-05

研究や開発をしているときに,失敗したことを書いておくと他の研究者にやくだつことがあります. しかし,失敗談は基本的に論文には書けません. 従来は失敗談を書くのに適切な手段はほとんどなかったのですが, ブログはそれを書いておくのに適切なメディアだとおもわれます.

つづく…

パソコンをつかっていて,あるいは研究開発上で問題が発生したとき,その解決策をみつけるために Google などで検索をこころみるというのは,だれでもやることだとはおもいますが,どうやったのか,またやってみてなにがやくだったかなどについて書いてみたいとおもいます.

つづく…

2007-06-23

いろいろなところで “ペーパーレス化” が推進されています. しかし,論文コピーとりまくり にも書いたように,私は “ペーパーレス” ではいきていけません. 論文を書くときもけっこう紙を消費しています.

つづく…

2007-08-23

明治時代には日本は後進国だったので,オリジナルな仕事をするより海外の文化を紹介することのほうが重要でした. それが大東亜戦争後もつづいてきたわけですが,しだいにオリジナルな仕事がもとめられるようになってきました. それにもかかわらず,やはり日本にはオリジナルな仕事をするひとより評論家のほうがおおいようにおもえます. (たじし,これはべつに評論にオリジナリティがないといっているわけでは,まったくありません.)

つづく…

2007-09-21

人生にしろ,ビジネスにしろ,「あきらめないのが成功の秘訣」 ということはよくいわれます. あきらめれば,そのとたんに成功のチャンスはうしなわれる. あきらめずに継続すれば,また努力すれば,成功するチャンスはある,というわけです. しかし,あきらめないことは単に成功のチャンスをふやすだけではないとかんがえられます. あきらめずに継続し,努力しているあいだは,つよい挫折感を感じずにすみます. 挫折感は不幸につながるでしょう. 反対に挫折感がなければ,それだけ幸福だということになるでしょう. つまり,あきらめないことがたとえ成功につながらないとしても,幸福につながるということです.

つづく…

2007-11-12

近年,RSS が普及しているようです. しかし,私はほとんどつかっていません. いささか時代にとりのこされたような気分でいましたが,よくかんがえると私にとって,これはいまにはじまったことではありません. 紙の時代からこういうプッシュ型のサービスはにがてなのでした.

つづく…

2007-12-12

3 月にネットワーク QoS 保証法に関する主観評価をおこないましたが,その結果を利用して,私が研究してきた 3D 音響を使用した遠隔会話のためのメディア voiscape (ヴォイスケープ) の評価をこころみました. その結果は応用音響研究会で発表しました (「仮想の “音の部屋” によるコミュニケーション・メディア voiscape の主観評価」) が,いまだに,この結果をどう解釈したらよいか,まだよくわかっていません. ここでは,この問題について書きます.

つづく…

2007-12-23

「和田研ワークショップ」 という場で,私の最近 10 年くらいのあいだの研究開発のなかでの “ハッカー的” な仕事のやりかた,とくに Perl を道具としてさまざまな研究開発をしてきたことと,Perl + CGI の世界から脱却しようとして失敗した話とを紹介しました. そのときつかった PowerPoint 形式のファイル (2.5 MB!) と PDF 形式のファイル (1.5 MB!) があります.

つづく…

2007-12-24

この本の中心的な思想はヒマネンらの著書 「リナックスの革命」 におけるような 「ハッカー倫理」 が今後,世界にひろがっていくというかんがえである. したがって,この本やそれに関連する本を読んでいれば,この本の内容に特別,めあたらしいことはない. しかし,著者は自分の経験や思考をそこにかさねているので,それだけ迫力がある. 自分の生き方を根本的に見直す気がある読者にとっては,よい機会をあたえてくれるかもしれない.

評価: ★★★☆☆

関連リンク: ウェブ時代をゆく@ [bk1]ウェブ時代をゆく@Amazon.co.jp

つづく…

2007-12-30

趣味 (あそび) と仕事の一致」 に書いたように,私にとって趣味 (あそび) と仕事との境界は明確なものではありません. ということは,それをなんと呼んでよいか,よくわからないということでもあります. しかし,それを呼ぶために “hob” ということばをおもいつきました.

つづく…

2008-01-08

宇野 千代 が 中村 天風 の講話を編集して書いた本である. 廣済堂文庫にある 「天風先生座談」 (こちらが本来のタイトル) とおなじ内容だが,小見出しをつけてその目次をつくることによって,あとから見返すのが容易になっている. まえむきに生きることがどれだけ人生にとって大事であるかを実感させてくれる本だとおもう.

評価: ★★★★☆

関連リンク: 中村天風の生きる手本@ [bk1]中村天風の生きる手本@Amazon.co.jp

つづく…

2008-02-26

私はこれまでいろいろな研究をしてきて,そのときどきでことなるさまざまなプログラミング言語やツールをつかって,そのデモをおこなってきました. しかし,そのほとんどは現在は動作しないので,デモしたくてもできません. 最近の研究をのぞけば,いまでもデモ可能な唯一のものが,Java で書いた 「化学的計算のモデル」 のデモ (「はじめて公開した Java のプログラム ― 反オブジェクト指向 (?) のプログラム」 の項目を参照) です. Web の強力さをしめしているといえます.

つづく…

2008-02-27

昨年は実験につかったコンピュータを一式レンタルしたので,それらを返却してしまったいます,もはやその環境はすぐにつかえるかたちではのこっていません. 最近,ほぼおなじ環境を再構築しようとしたのですが,かぎられた時間のなかではついに断念せざるをえなくなりました. レンタルでなければ,いまでも,つかえたはずなのです.

つづく…

2008-04-13

一般的な知的生産の方法ではなくて研究の方法についての本である. さまざまな研究に挑戦しつづける著者がその秘訣を語っている. とくに,他人の知識を利用するためのさまざまな方法に興味をひかれる. そのためには社交的になりなさいというのは私にはなかなか実践しがたいが,メールより電話のほうがきかなかったことまでおしえてもらえるからよいという記述には納得させられる. ほかにもさまざまなことが書かれている. 一部はふるくなっている点もあるが,絶版 (品切れ?) になっているのが惜しい.

評価: ★★★★☆

関連リンク: 知的生産 考える技術@Amazon.co.jp

つづく…

2008-05-07

社会学ではフィールドワークが欠かせないが,社会学や社会調査などの本は調査の技術にかたよりがちである. 著者がこの本でつたえたいのは技術でなく,フィールドワークのこころがまえやかんがえかたである. 社会学者でなくてもフィールドワークやアンケートなどの調査が必要になる機会があるだろう. そういうとき,この本が参考になるのではないだろうか. また,これは 「おもてなし」 のこころにも通じているようにおもう.

評価: ★★★★☆

関連リンク: 「あたりまえ」を疑う社会学@ [bk1]「あたりまえ」を疑う社会学@Amazon.co.jp

つづく…

2008-05-08

「調べる技術」 というと,最近ではまず Web をかんがえてしまうが,オリジナリティのあるものを書くにはいまでも取材が重要ということになるだろう. この本の中心は 「わすれさられた」 取材と執筆のルールを読者につたえることにある. 古典的な取材法と執筆法,そして書くテーマも古典的なテーマのなかからあたらしさをみつけるところに価値をおいているのだろう. しかしそれにしても,変化がはげしくなった時代のなかで 「あらゆるテーマがすでに書き尽くされているのではないかと思えてくる」 と書かれているのを読むと,違和感を感じてしまう. 取材の場を世界にひろげれば,あたらしいテーマはいくらでもあるはずである.

評価: ★★★☆☆

関連リンク: 調べる技術・書く技術@ [bk1]調べる技術・書く技術@Amazon.co.jp

つづく…

2008-05-16

日本の大学教員は論文数などの業績が諸外国にくらべてすくないといわれています. 業績をあげなくても大学教授をやめさせられないことにそのおもな原因をもとめる議論がさんざん,なされてきました. そのため,教員を評価する制度がしだいにとりいれられてきました. 地位が安定していることも業績がすくないひとつの理由ではあるのでしょうが,ほんとうにそれがおおきな原因なのでしょうか? すくなくとも,雑用がおおいことがおおきな原因になっていることは,まちがいないとおもえます.

つづく…

2008-06-03

複数人・複数組織での仕事は,自分あるいは自社がうまくいっても,ほかで コケると全体がうまくいかなくなってしまいます. こんなことを書いてもグチにしかならないとはおもいますが,趣味と同様,仕事もひとりで閉じることができれば,他人のためにダメにされることはないのに…とおもってしまいます. 会社のなかではなかなか,おもうようにはいきませんが,会社のひとや秘密にかかわらないことはなるべく会社からはなれて,ひとりで,自分の趣味にあうやりかたでやりたいとかんがえています.

つづく…

2008-09-12

ネットワーク上にさまざまな動画があふれ,IPTV もいろいろな機会にとりあげられるようになってきた. もともと映像にかかわる気がなかった私も,研究上で動画をつかう機会もでてきた. 研究上でまにあわせに著作権の帰属がはっきりしない動画をつかっていて,失敗した. 最初から著作権のことをもっとちゃんとかんがえておくべきだった.

つづく…

2008-09-13

数年前まで,あたらしい音声メディアをつくるという目標にむかっての研究を中心として仕事をしてきた. それによって研究としては成果をあげてきたが,実用になるものをつくることはいまのところできていない. その理由はいろいろあるとおもうが,そのなかでもおおきな理由は人間の耳をいかすメディアをつくることがむずかしいということだとおもう.

これはおおきな問題なのでもっとしっかり論じるべきだが,ここではとりあえず,いまおもいつくことを書いてみたい.

つづく…

2008-09-14

定年もそれぼとさきのことではなくなってきた私だが,それでもこれからの人生のほうがながい. 世界がおおきく変化するなかで,これまでのかんがえかたにとらわれず,貢献するみちをさぐっていく必要があるのではないかとかんがえている.

つづく…

2008-09-17

自分の手でものをつくりプログラムを書くことをこれまで 30 年あるいは 40 年やってきました. 会社のなかでは,としをとるにつれて自分ではつくらずにドキュメントばかり書くひとがおおいのですが,私自身は自分で手をうごかすことにこだわってきました. これからの 30 年あるいは 40 年も,そうしていきたいとかんがえています.

つづく…

2008-09-21

このブログのなかにあらゆるテーマの項目を書いています. どうしてブログをわけずに書いているのか,ブログのなかをどうわけているのかなどについて書いてみたいとおもいます.

つづく…

ひとつのブログにあらゆるテーマで書いている理由と記事の分類について」 という項目に書いたように,私はあらゆるテーマの項目をこのブログのなかに書いています. このブログはいわば私の思考のひきだしというやくわりをになっています. つまり,これまでにかんがえたなかで重要なことはみなこのブログのどこかにしまってあるというようにしたいとおもっています.

つづく…

このブログをかきはじめた目的については 「ブログの目的」 という項目に書きましたが,そこには書いてなかったことやその後の変化もあるので,あらためて目的について書くことにします.

つづく…

2008-11-01

研究を仕事としていると,ときどき論文の査読をたのまれることになる. なれないうちは査読結果をどう書いたらよいかなど,なやむことがおおかった. しかし,最近は比較的短時間で,それほどくるしむことなく査読できるようになった. ここでは私の査読のやりかたについて書くことにする.

つづく…

2008-11-13

日本には評論家ばかり!? ― オリジナルな仕事より評論にながれる」 という項目で,私は評論よりも自分であたらしいものをつくる仕事がしたいと書きました. しかし,最近ブログにはものづくりや家庭菜園の話もあるものの,書評をはじめとして批評のたぐいがますますふえているようにおもいます. さらには,BK1 から書評を書くことをたのまれたりして,このままではいよいよ評論家への道をすすんでいきそうです.

つづく…

2009-01-20

英語の論文を書くのはいまでもへたですが,それでも,ひとなみには書けるようになったようにおもいます. また,「速読のための訓練」 という項目に書いたように,必要にせまられて英語の論文をスクリーニングする技術を身につけました. いずれも,会社づとめをはじめたときには,まったくダメでした. 会社ではいろいろな仕事をしなければならなくなるので,ずいぶん時間をかけて,やっとここまできました.

つづく…

2009-01-22

最近は非正規雇用者の仕事がうしなわれるだけでなく,正規雇用者までもが失業する危険がふえてきている. そういうなかで,ワークシェアリングがすすめられるようになってきている. 私は研究者であり,研究はワークシェアリングなどできないとかんがえてきたが,もうすこしちがった見方もできることに気がついた.

つづく…

2010-08-22

私は ICT の研究者として生きてきたので,当然,英文の論文もそれなりの数,書いてきた. 論文査読の方法については項目をたてて書いたが,論文の書きかたについてはほとんど書いてないことに気がついた. 論文は日本語でも書くのはむずかしいが,まずは英語の論文をどう書いているかについて,書いてみることにしよう.

つづく…

9999-01-01

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