ボランティアにはできないことと,ボランティアならではのこと

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[個人ブログに書いたことをここにも書いておきます.]

石巻でボランティアをしてみて,ボランティアの限界を痛感する. ボランティアにはプロの仕事はできないし,援助が必要でも要請のないところにははいっていけない. しかし,ポランティアだからできることもある.

被災地のなかでも,場所によって復旧のすすんだところと,ほとんどすすんでいないところとがある. それは,ひとつのまちのなかでもそうだし,となりあう家 1 軒 1 軒,状況がちがう. ボランティアがはいっていけるのは比較的,復旧がすすんだ地域だ.

地域ぐるみで移転が要請されている家の復旧には貢献できない. そういう地域のひとたちは避難所にいるわけだが,避難所からはあまり要請がないようだ. たぶん,自活をめざしているからだろう.

また,ながれついた家や自動車のようなおおきなガレキでふさがれている家には,まず重機がはいる必要がある. それはプロの仕事であり,一般のボランティアはまだはいっていけない.

個人宅のてつだいをするとき,ボランティアへの要請があるのは,比較的,復旧がすすんだ家だ. ひとつの地域のなかでも,積極的にかたづけをしている家もあり,もとのまま放置している家もある. 放置されている家にボランティアがはいれば,かたづけられるのではないかともおもうが,要請がなければボランティアははいっていけない. ボランティアがはいることによって,家ごとの復旧の程度の差はますます,ひろがってしまう. ボランティアの活動の場は,自力でかたづけをはじめたがそれではとてもたいへんなのでボランティアを要請した家,あるいは,要請された場所のちかくで自力でかたづけているが,みていてたいへんそうなので援助をもうしでて,うけいれられた家などだ.

しかし,ボランティアだからできること,プロにはやりにくいこともあるだろう. プロの仕事はその内容が明確にきめられている. 重機をもちこんだ業者や自衛隊は,その重機に適した仕事をこなしていく. それに対して,ボランティアはなんでもできることがつよみだ.

ボランティアへの要請は 1 件 1 件,紙にかきこまれている. そこには仕事の内容ももちろん記述されているし,想定される装備も記述されている. しかし,ボランティアはかならずしもそれにしばられない. でかけた場所をみて,必要を感じれば要請された内容以外にも必要があれば援助をもうしでる. それがうけいれられれば,ほかの仕事もこなす. 要請された仕事をすればもちろん被災者に貢献することができるが,要請をかんがえていなかった部分や気づいていなかった部分での貢献はすくなくないだろう. その結果,被災者にはより満足し,感謝してもらうことができるだろう.

ボランティアの貢献は被災者のこころに関する部分がおおきい. 阪神淡路や中越など,これまでの地震被害の際には,避難所での活動がクローズアップされてきた. 震災後ある程度の時間がたつと物資はだいたいいきわたるから,それ以降のボランティアは被災者のこころにかかわる部分がおおきかった. 有名なのは 「足湯隊」 つまり,なかなか風呂にもはいれないひとたちの足を湯につけて洗ってあげたひとたちだが,その行為じたいよりも,そこで会話してこころをかよわせることに重点があった. それにくらべると東日本大震災での現在のボランティアはガレキ除去のような物理的な仕事に重点があるが,そのなかでもとくに個人宅でのボランティアは,やはりひとのこころにかかわる部分がおおきい. こういう部分には,プロよりもアマチュアのボランティアがはいっていきやすいだろう.

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